【名古屋開催/無料セミナー】2026年1月28日「インバスケット体験」の公開セミナーを開催(主催:一般社団法人日本経営協会様)。詳細はこちらから

「わかる~」は共感なのか

もう15年ほど前になりますが、私にとっては衝撃の事で、また思い出す出来事があったので、書かせていただきます。

「わかる~」が共感にあたるかは、その「わかる」が「相手の感情を理解しようとすること」なのか、「自分も同じように感じているという同感」なのかによって違うと考えています。

「相手の感情を理解しようと努力すること」が共感のポイントで、単に「自分もわかる」と言うだけでは、必ずしも共感とは言えないのではないか。

真の共感は相手の感情を理解しようと努め、その理解しようとする姿勢に相手が「共感されている」と感じるかどうかが重要な気がします。

敢えてここで書くのは、15年ほど前に、ある大きな企業の研修で自分自身の経験も話すことで、チームで結果として「●●に向けたマインドセット」をしていく、という時でした。

講師団で伺ったのですが、ある講師の担当する受講生が「私の担当講師を変えて下さい」と訴えていらっしゃいました。たまたま企業の研修担当者が私の担当しているところにいらっしゃっていたため、その声が聞こえてきてしまいました。

ちょうど他の人も休憩に入ろうか迷っていたところだったので、休憩に入り、参加者は気を遣って席を外してくれました。私も席をはずそうとしたら、研修担当者から「これもタイミングなので、一緒に聞いてもらえますか」と一緒に聞く事に。

そうすると、参加者が「私の体験を話したが、自分には意を決して話した事だったのに、『わかるよ』と笑顔で言われた。笑える話ではないのに、講師として尊敬できないから」と。同じグループの人に聞いても、かなりハードな体験だったようでした。まずは、今の休憩明けから、そういうわけだから、一旦、あなたの所に移っても良いですか。ということで、私の所にその参加者が参加されました。

終わった後、講師ミーティングで元のお部屋の講師のお話を聴くと、「大変だったことは伝わってきたよ。良く乗り越えたね」という思いで聞いていただけだったそうです。が、参加者の求めていた事とは違っていたのでしょう。講師の方の優しさも感じました。

が、その時の参加者が、凄く感情的に辛そうだった様子が目から、耳から離れません。15年も経っていても、今でも思い出します。

その時に学んだ事が、冒頭にお話しした、「共感」は「わかる~」と言う事だけでもない。相手が共感してくれたと思って初めて共感と呼ぶんだなあと思いましたし、安易に分かったつもりになってはいけないんだろうな、と感じました。

ただ、相手によっては、「わかるよ」とまずは言ってほしい人だっていらっしゃるだろうから、相手をしっかり観察することは大切だと思い、心に刻みながらコーチングなどもしています。

あの時の参加者さんは、ご活躍されていらっしゃるのかしら。笑顔で前向きに生きていらっしゃることを願いながら。

コメント

タイトルとURLをコピーしました