昨日(2010年5月8日)は、自主セミナーを行いました。久しぶりに少なめの人数ではありましたが、少人数だからできることもあり、非常に楽しい時間となりました。その後、お酒を誰も飲まない懇親会があり、また日頃の思いを語り合いました。その中でお互いに学んだことは何か?
昨日のセミナーは相手とのコミュニケーションをとっていくための根っこになっているであろう部分について、みんなで考えてみました。
自分なりの持論がある部分に関しても、このセミナーでは皆さんに伝えてみています。そして検証もさせていただいているので、この続けている自主セミナーは私にとっては、コンテンツを磨く場所でもあります。ですから、完全に私も共に学びます。
その中で学んだのは、思い込みは思い出と共に作られ、書き換えたくても結構人はずっとその基準を大切にしてしまい、新しい思い込みと古い思い込みが矛盾を生み、いつでも何か不安を感じてしまうことがあるということでした。
例えば、世の中の流れで禁煙したほうが思っている人は「タバコは健康のためにやめるべきだ」という思いと、「タバコをすう姿は格好良い」という思いがぶつかり、すわない時間は「格好良くないな」とストレスになり、タバコを吸うと「タバコをすうべきじゃないのにな」と逆の言葉で楽しめないと。
きっとその時期が来たら、その人は禁煙をしたいと思っているが、今はその時期ではないようで、まだすい続けると宣言されていました。
懇親会でも、こういう思い込みができた背景を生い立ちなどから聴こうとするだけで、話しやすい雰囲気を作って、お互いがお互いのことに興味をもって話をし合えました。
最後に出た言葉は「正しい」を追求するから、主張のし合いになってしまうよね。正しいではなく、「その人はそうなんだね」という観点、もっと簡単に言えば「自分は好きだ嫌いだという解釈をしているだけなんだ」と思って、話をしようということ。
そして自分のモチベーションを決定するような事を相手の評価によって決まる部分においてしまうと、自分自身のコントロールを失う。
「自分は」どうなのかという軸は大切だろうという話し合いができました。
あなたはどう思いますか。
