4月に向けての準備が佳境を迎えて、週末から昨日までめいっぱいでした。
少し落ち着いてきて、やっとブログを書けます。
タイトルの逸話はご存知ですか。
元ネタは正直なところ調べても解らなかったですが、 正確な作者は不明だが、アメリカの教育やビジネスの現場で1990年代頃から語られ始めた話と言われているそうです。
どんなお話かと言うと
とある大学の授業で、教授が大きな壺を取り出して教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」
教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利を取り出した。そして砂利を壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」
学生は答えられない。一人の生徒が「たぶん違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、教壇の下から砂の入ったバケツを取り出した。それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺は満杯になったか?」
学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと水を注いだ。
という事です。
ここから「この例が私たちに示してくれる真実は、大きな岩を先に入れない限り、それが入る余地は、その後二度とないということなんだ」と説いたそうです。
「それは、仕事であったり、志であったり、自分の夢であったり……」
「ここで言う“大きな石”とは、君たちにとって一番大事なものだ。それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君たちはそれを永遠に失う事になる。もし君たちが小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしたならば、君達の人生は重要でない何かに満たされたものになるだろう。」
「そして大きな石、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果、それ自体を失うだろう。」と。
私自身、この話は知ってはいて、解ってもいたが、たまたま先週改めて目に留まり、「今の私に必要な事だなあ」と思って、実践しました。
もちろん「長く頑張るための休息(デジタルデトックス)」の時間も入れて。
ブログは私にとっては大切な心や思考の整理にも繋がっているので大切な時間です。が、それ以上に大きな石があったので、大きな石を優先して、精神的にも少し楽になりました。
「自分にとって何が大切なのか。」
何度も戻る場所がここなんだろうと思います。私の場合は、「私達にとって」で、その「私達」がいつも変わるから欲張りなんだろうけれど、譲れない「私達」もあるかなと思います。
いつもと違う週末週明けだったので、何だか違う気分を味わった数日でした。


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