学ぶ場で、わかったふりをしてしまったことを反省したことがありました。
その時に、「ん?そうなの?どうして?」と思った部分があって、メモに残しておいたけれど、通訳が入るものだったので、質問が限られていて、遠慮してしまったことがありました。
はたから見たら解ったように見えていたと思います。
けれども、どうしても気になって、違う場で確認したら、やっぱり「これはこういう意味だよ」と私の考えが違っていたようで、否定されてしまった気分で、それ以上質問ができなくなってしまいました。
が、数年して、たまたまその方の講義を聞く事になったら、あれ?真逆の事言っている。あれ?と思っていたら、どうやらその人の言っている事は変わってないようで、言い間違いか、或いは通訳の間違いか、だったそうです。
ずっとモヤモヤして、それが正しいんだあ、と思い込もうとしていたけれど、違っていたようでした。どうしても、大勢の講座だと、一人のために時間をたくさん割いてもらうのは違う、と思って遠慮しちゃうこともあるけれど、学びに行っているのだから、ちゃんと個別にでも臆せず聞く事が重要だったようです。
数年のモヤモヤが晴れましたが、新たに「聞けない自分」を深堀してみたくなった私でした。
今度は自分自身の事なので、遠慮なく探求しようと思います。やっぱり言語化することは大切ですね。

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