『残念だった』で、よかった

土曜日、参加したいと思っていたトレーニングがありました。

でも、その日は定期的なメンテナンスの予定が入っていて、どうしても参加できませんでした。

仕方がないことです。メンテナンスも大切ですし、その日しか予定が合わなかったのですから。

ところが、その後の自分が、何だか面白かったのです。

「定期的なメンテナンスが今日しかないんだから、仕方ないよね。」

これは事実です。

でも、それだけでは足りなかったのか、今度は「体調もあまり良くない気がするし、行けなくてちょうど良かったのかも」と考え始めました。

さらに、「あれもできたし、これもできた。有難いなあ」と、参加できなかった時間にできたことまで数え始めたのです。

我ながら、ずいぶん一生懸命に自分を納得させようとしているなあ、と(笑)。

もちろん、物事を前向きに捉えることは大切だと思っています。できなかったことばかりを見るより、できたことに目を向けるのも、悪いことではありません。

でも、後から考えると、私は単純に、参加できなかったことが残念だったのですよね。

行きたかった。だから、残念だった。

それだけでよかったのかもしれません。

私たちは、何かを選んだ時、その選択が正しかったと思いたくなることがあります。選ばなかった方にも魅力があったと認めると、少し落ち着かないのかもしれません。

でも、大切な予定を優先したことと、別の予定に参加できず残念だったことは、両方あっていいのですよね。

「仕方なかった」と思う自分も、「行きたかったなあ」と思う自分も、どちらも本当です。

無理に気持ちを切り替えようとしなくても、「残念だったなあ」と認めるだけで、案外すっきりすることもあるのでしょう。

前向きに考えることが、いつも自分の気持ちに正直であるとは限らない。

そんなことを、週末の自分から教えてもらいました。

もし今日、何か思い通りにならないことがあったら、すぐに良い意味を探さなくてもいいのかもしれません。まずは「残念だったね」と、自分に言ってあげてもよさそうです。