仕事はしっかりやりたい
家庭もしっかりやりたい
両方とも完璧にしようとしても無理だろうなとは検討がつくけれども、頑張ろうとして、無理してみて、やっと頼ってみる事を覚えてきました。
が、若い人たちに、ただただ自分がそうだったことを「きっとそうだろう」と決めつけることもできず、見守っていると、同じように悩んでいて、「もっと早く伝えてあげたらよかった」と思う事も多いです。
最近は、自分の体験だけれども、と前置きしてから話せるようになったのですが、皆さんしっかりやろうと思うんですよね。しかも、頼っちゃいけないと私も思っていたように思います。
頼った経験があるからこそ、頼られる事に凄く優しく関われている自分を思うと、もがく時期も必要なのかもしれません。
今でも覚えているのが、ある男性上司が「子どもを盾にして、甘えている」と仰ったのです。「は?」と耳を疑いましたが、心の声が言葉になったのを聞いて、一段と「甘えていない所を見せよう」と思っていたように思います。
共に考え方に柔軟性がないと、ぶつかることばかり。そこに「バイアス」があると解るだけでも違ったのかもしれません。途中からその上司は「頑張っているんだなあ」と仰っていました。今までと変わらないですけれどね。今の方が甘えていますけれどね。と思いましたが、頑張っている事を伝えてさえいなかった自分にも気づきました。
公私悩むことは多いですし、一つのバイアスが消えても、違うバイアスができて、結局いつもどこかでそのバイアスで守っているのかもしれません。必要なものなのかもしれません。
でも、悩むのは少しでいいのになあ。

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