長い長い時がくれた尊敬の念と刺激

先週は30年以上ぶりの友達に逢いました。

きっかけは年賀状の代わりにやり取りしていたSNSでの年賀のあいさつ。

「そっちに行くから会わない?」「いいよ~」で当時のやり取りなのに、考えてみたら30年以上ぶりじゃない?とドキドキ。

会って、昔話というよりも30年の間のトピックを聞いたり話したりしました。30年ってすごい月日なんですね。生まれた子が大人になって活躍するのですから。その間の事を聞きながら、思った事がありました。

ここ1年ほどは本当に小さい頃からの友達に逢う機会もあり、独身・既婚や、子供居るかどうか、仕事をしているかどうか、など生活スタイルに合わせて話す人も違っていたのかもしれないけれど、子供が成長してしまった人が多くなってくると、それらの中で、仕事をしているかどうか、位で後の条件は関係なく会えるようになって会えるんだなあと。そして、また年齢を経ると、どの条件も関係なく会うのようになるのかなあと。

でも、友達の話を聞いていて、家族など、その人その人のコミュニティを大切にしていても、どこかで昔からの友達は大切に思って居て、優先順位が違っていただけなんだなあと思いました。

今、優先順位が上げられる状態になって、何人か違う機会に話しをしているけれど、本当にそれぞれにドラマがあって、その体験が故に培ってきた考え方や価値観があって、本当にみんな素敵だったんです。

この話せていなかった期間にいろんな体験をしたんだなあと凄く感慨深く友達の話を聴いてしまいました。その話せなかった期間は、私達にとって大切な「マ(間)」だったんだなあと思いました。

直ぐに会える距離の子も、そうでない物理的な距離の子もいるけれど、今はSNSもオンラインもあるから、たまには話を聞かせてほしいな。本当に自慢の友達達ばかりです。

ついつい短期間で見てしまうけれど、長い長い時がくれる変化や成長の話も大きなドラマのように刺激的です。そして改めて尊敬できるほどの積み上げたものを感じさせてくれます。
日頃から、もっと長い長い目で見ても良い事もあるのかもしれませんね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました